ゆずの葉ゆれて

Cast Interview

松原 智恵子さん

―― 本作が松原さんの経歴として55周年の節目となる作品ですが、ご出演された理由と役への取り組み方をお聞かせください。

「ゆずの葉ゆれて」の台本を読みまして、すぐに出演をお受けしました。佐々木ひとみさんの原作「ぼくとあいつのラストラン」も読ませていただきましたが、あたたかくて、やさしい台本、原作ともに泣きながら読みました。
台本は原作よりも夫婦の関係を膨らませて書いてあります。
出会いから別れまで、一本気な夫と寄り添う妻のお互いを思いやる愛情がやさしく書かれていました。
農村の静かな時の中で静かに年をかさねていくことが表現できたかなと思います。


―― 本作で夫婦役を演じる津川雅彦さんは、松原さんにとって日活時代からの先輩ですね。これまでにも共演作はあるでしょうが、松原さんから見た津川さんはどんな方ですか?

テレビドラマ「ある日わたしは」「山のかなたに」「狂った果実」「大岡越前」で共演しています。
「大岡越前」は京都での撮影ですので、津川さんから食事に誘っていただいたり、私の大好きなお好み焼きを食べに行きましょうって誘ったりしています。
仕事の面では優しい言葉をかけて下さったり、時にはダメ出しをしてくださいます。
日活時代から、暖かく愛情のある先輩です。


―― 武役の山時聡真くんはこれが映画初挑戦となります。共演されてみて感じられたこと、思い出に残るエピソードなどがあればお聞かせください。

山時くんは、オーディションで選ばれた子です。
映画は初めてですと言っていましたが、吸収力がある子で監督に言われることを必死で演じていました。
撮影にはお母さんが付いていらしたのですが、休みの時、福岡からお父さんと二人のおねえちゃんが遊びに来てくれた時は、本当にうれしそうでした。
普段は見せない甘えっ子の顔をしてました。


―― 神園浩司監督とは今回が初めてのお仕事ですが、現場では役についてどのような指示がありましたか。

全体像の話はありましたが、どうしてほしいとか細かい指示はありませんでした。
監督は撮影に邪魔にならない、狭い部屋でモニターを見ながら、全体を見ているのですが、季節が夏でしたので、カットの声とともに真っ赤な顔をして出てきました。
暑かったのでしょうね。


―― 本作は、鹿児島市喜入地区の有志の方々の協力によって撮影が進んだそうですが、現地の方々との印象的なエピソードがあれば、お聞かせください。

ロケは家の中が多く、お借りした家の丸田さんがとても協力的で、助かりました。
スタッフ、出演者の人数だけでも40人以上。それだけの人数が、家の中を右往左往するだけでも大変なのに、八月の暑さ。
嫌な顔をするどころか食事の時などは色々作って頂いたり、お菓子をさりげなく置いてくださったり、本当にお世話になりました。
おくらの収穫の撮影の時、畑を貸していただいた方が、大きな袋いっぱいに、おくらを持たせてくれました。
毎日色々な、美味しい料理を作っていただき夕食が楽しみでした。
撮影中、桜島の噴火警戒レベルが3から4に引き上げられる事態も経験しましたが、地元の方は日常の景色と言われましたが、火山と縁遠い私たちにとっては驚きでした。


―― 本作のテーマにかかわる問題ですが、年を追うごとに人は「老老介護」の問題や、家族との「別れ」を経験しなければなりません。今、ご自身が感じることがあればお聞かせください。

私の母が2006年・95才、主人の母が1993年・87才で亡くなりました。それぞれの連れ合いは早くに亡くしていましたので、老々介護を身近で感じることはありませんでした。
私も介護を受けることを考える年齢になってきたようです。
老々介護ではないにしても、息子は一人で両親の介護を考えなければいけない状況になるわけで今、現在元気なうちにどうすれば負担を軽くできるかを、話し合っておく必要がありますね。


―― 松原さんご自身が、この映画をご覧いただくみなさんへ伝えたい思いがあれば、お聞かせください。

隣に住む小学生の武は、おじいちゃん、おばあちゃんが長い時をかけて築いた、思いやる心、やさしさに、ふれることによって少しずつ一歩前に進むことを学んでいきます。
映画を観ていただいたみなさまに、人とのつながりの大切さや、人を思いやる心、そんなあったかくて、やさしい気持ちになっていただけましたら、とてもうれしいです。


―― ここからは、ご自身のお仕事への取り組み方について、お聞かせください。作品に臨む上でいつも心掛けていることや、撮影前に準備することなどはありますか?

台本をいただいて、読むことでしょうか。
何度も何度も読み込み、声に出して読みます。
そして、地方の話には台詞を地元の言葉で話すことが多いので方言指導をしていただきます。
今回もプロデューサーの三角さんに台詞をテープに入れていただき耳で聴き、声にするという事を何度も繰り返しましたが、鹿児島特有のイントネーションに苦労しました。
現場でも地元の方言指導の方がついていてくださったので大変助かりました。


―― 映画、ドラマを含め、ご自身の記憶に残る作品や、監督、演出家など、またその理由があれば、是非、お聞かせください。

1967年に公開された映画「夕笛」です。(西河克己監督)
アクション映画でのヒロイン役が多かったのですが、夕笛で女性の生きざまを演じることが出来たことによって演技をすることが楽しくなりました。


―― 芸歴55周年を迎えての実感と、これまでの歩みを振り返って思うことなどがあれば、お聞かせください。

55年があっと言う間に過ぎたような気がすると言うより、芸歴55年に実感があまり持てないです。
いつのまに55年?それが正直な感想です。
右も左もわからない16才の子を日活のみなさんが我慢して育ててくれたことに感謝、もう感謝しかありません。
振り返っても上り坂も下り坂もなく、平坦な道をゆっくり歩いてきたような気がします。
だからこれからも気負わずゆっくりと歩んで行こうと思います。


津川 雅彦さん

―― 松原智恵子さんは、津川さんにとって日活時代からの後輩ですが、共演されてみての感想があれば、お聞かせください。

いくつになっても可愛い!


―― 神園浩司監督とは今回が初めてのお仕事ですが、どんな印象をお持ちですか。

大変、大人の監督でした。


―― 撮影には、鹿児島市喜入地区の有志の方々がご協力くださったそうですが、みなさんと触れ合ってみてのご感想は。

人情豊かでステキな人達でした。


―― 本作のテーマにかかわる問題ですが、年を追うごとに人は「老老介護」の問題や、家族との「別れ」を経験しなければなりません。今、ご自身が感じることがあればお聞かせください。

これまで一兆人以上の人達が生まれて死んでいってる。
年をとれば死ぬのは当たり前のことですよ。


―― 津川さんご自身が、この先品をご覧いただくみなさんへ伝えたい思いがあれば、お聞かせください。

思いはいつも一緒です。映画は素晴らしい!


山時 聡真さん

―― 映画は初めてですか。

初めてです。演技のレッスンを受けたこともありませんでした。


―― 出演のキッカケは?

事務所からのお話でした。
当時腕を骨折していたため、一度は諦めたのですが、マネージャーさんが強く勧めてくれました。
動画審査とオーディションが鹿児島でありました。


―― 初めての映画で感じた事は?

色んな役割の沢山の人がいて、協力して作り上げるのだな、と感じました。
また、台本の順番と撮影の順番が違うのにびっくりしました。
スケジュールが決まっているので、体調管理がすごく大事と感じました。


―― 津川さんや松原さんに緊張しましたか?

初めは緊張したけどとても優しくしてもらいました。
特に松原さんとは宿泊先のホテルでよく夕飯を一緒に食べました。


―― 演じる上で考えた事は?

鹿児島弁が難しかったけど出来るだけ「武」の気持ちになってみようと思いました。
台本の「・・・。」も意味を考えて演じました。


―― 津川さん、松原さん、他の役者さんとの思い出、勉強になった事は何ですか?

津川さん・・
「笑顔がいいね」と褒められました。

松原さん・・
ラストのゆずの木のシーンでは「本当におじいちゃんを連れてきたい、という気持ちでね!」と言われました。又、宿泊先の食事の時は「お野菜もちゃんと食べなさい」といつも叱ってくれました。

西村さん・・
なるべく目を反らさないように、と言われました。撮影合間にはギャグを沢山言って笑わせてくれました。

小林さん・・
泣くシーンがうまく出来るか心配、と言ったら「涙の量ではない。心で泣けば必ずそれが伝わるよ」と教えてくれました。

芳本さん、真由子さん・・
お二人からも泣くシーンのアドバイスをいただきました。
思わず涙が出た時は、ものすごく誉めてくれました。
沢山遊んでもらいました。


―― 神園監督はどんな方でしたか。

優しくて物静かな方でした。最後に「そうまで良かった、ありがとう」と言ってくれてとっても嬉しかったです。
監督から学んだ事→台本に拘らず、自分の言葉でいいよと言われたので自然にできました。


―― 喜入での思い出話は?

宿泊先のホテルでの滞在が長く、また初めは子供が自分だけだったので、ホテルの方に気を遣っていただきました。特に料理長さんは食べたい献立を聞いてくれたり、プリンをつけてくれたりしました。また、寂しくないようように部屋にカブトムシの入った虫かごを持ってきてくれたり、沢山のゲームソフトと機械を繋いでくれました。
そのカブトムシは劇中にも出てきます。
皆さんに逢いたくてGWに家族で泊まりに行き、再会できました。
おかえりなさい、と言ってもらえて嬉しかったです。


―― 思い出に残るロケ現場は?

やはりゆずの木です。
ひさおと出会った小屋や相撲を取ったのもこの近くです。
また、ひさおと走った一本道や、小学校での沢山の子供たちとの撮影も楽しかったです。学校では保護者の方が給食を作ってくれて美味しかったです。


―― 身近な人の死をどう考えますか?

まだ経験してないので、本当に怖いです。


―― 役者を続けていきたいですか?

はい、頑張りたいです。


―― どんな映画に出てみたいですか?

スポーツが好きなので、それに関係する話や学校の
話、冒険ものにも興味があります。

 

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