鹿児島県喜入地区にある、自然に包まれた小さな町。
走ることが大好きな小学四年生の風間 武(山時聡真)は、ある日の下校中、バアちゃん(松原智恵子)に呼び止められた。バアちゃんは、最近、武がジイちゃん(津川雅彦)のところに遊びに来なくなったことを気にしていた。去年から寝たきりになったジイちゃんを見るのがこわくて、足が遠のいてしまったのだ。「顔だけでも出してやって。ジイちゃん元気になるから」と言うバアちゃんに、曖昧な返事しかしなかった。
武が「ジイちゃん」「バアちゃん」と呼んでいる二人は、本当は隣の家のおじさんとおばさんだ。早くに親を亡くした父の俊之(西村和彦)を支えてくれた二人を、武たち家族は本当の家族のように思って暮らしていたのだ。
その夜、武はジイちゃんの夢を見た。姉の裕美(平岡真衣)に起こされて目を覚ますと、父の俊之と母の美和子(小林綾子)がジイちゃんの家に来いと言っていると聞かされた。武が裕美と駆けつけると、ジイちゃんはすでに危篤状態だった。武はこわくてジイちゃんに近づくことすら出来なかった。明け方、ジイちゃんは息を引き取った。武ははじめて「人の死」というものを経験した。「ジイちゃん、怒ってないかな?」。武の胸には、後悔だけが残った。
葬儀の準備が進む中、バアちゃんは遺影用の写真を探すため、アルバムをめくっていた。その胸に、ジイちゃんとの若き日の思い出がよみがえる──。
若かった頃のバアちゃん(少女期:中村美沙)は、大きな旅館の娘だったが、望まない結婚を押し付けられて、農家の息子だったジイちゃん(少年期:辻本祐樹)と駆け落ちをして結ばれたのだ。以来、バアちゃんはジイちゃんと二人して畑仕事をつづけてきた。
葬儀の準備が進む中、武は裏の小屋でジイちゃんとの思い出に浸っていた。そこに、見知らぬ少年が現れた。ヒサオと名乗る少年は、「競走しようぜ」と武を誘う。ヒサオは驚くほど足が速く、武にも早く走るコツを教えてくれた。武は、ジイちゃんを失った哀しみを振り切るように、ヒサオと夢中になって走っていた。
ジイちゃんの家に戻った武は、俊之と近所の人たちの会話から、ジイちゃんが若い頃陸上の選手で、俊之たち駅伝チームの監督をしていたことを知る。だが、チームが優勝したその日に脳梗塞で倒れたのだ。それでも、ジイちゃんは一生懸命頑張って、杖で歩けるまでに回復した。武とジイちゃんとの思い出はそれから後のことだ。
「死んだら、どうなるの?」と聞く武に、俊之は答えた。「それはお父さんにも分からない……ただ言えるのは、いずれは、誰もが死ぬってことだ。そして、死んだ人を思ってあげられるのは、生きている人だけだ」
翌日、お葬式のはじまる前に、武はふたたび現れたヒサオと、「すごい宝物が埋まっている」というゆずの木の根元を掘る。出てきたのは古ぼけた煙草の缶だった。「ユウコに渡してくれ。俺たちの宝物なんだ」そう言い残して、ヒサオは走り去った。ユウコって誰なんだ?と、途方にくれる武。
葬儀を終えた後、娘たち(芳本美代子・真由子)や近所の人たちは、ジイちゃんが倒れた後も介護や畑仕事で苦労してきたバアちゃんをねぎらったが、彼女は「私は苦労なんか、ちっともしてない」と穏やかな表情で答え、ジイちゃんが秘めていた深い愛を語り始めた──。
若かった頃のジイちゃんは、バアちゃんと生まれてくる赤ん坊のために国体出場を辞退した。仲間や地元の人たちには卑怯者呼ばわりされたけど、将来、家族が負い目を感じることがないよう、走るのをやめたのだ。それからは、家族のために一生懸命働いてきた。初めての結婚記念日には、バアちゃんのためにゆずの木を植えてくれた。“柚子(ユウコ)”という、バアちゃんの名前にちなんで。ジイちゃんの名前は久雄といった。
──ヒサオとユウコ。
その名前に、武はようやく気づいた。それはジイちゃんとバアちゃんの名前だったのだ。宝物を柚子バアちゃんに渡すため、武は祭壇の裏に缶を隠したが、すぐに見抜かれてしまう。それどころか、彼女はずっと前から缶の存在を知っていたというのだ。
それは、久雄からの結婚三十年目にして初めてのプレゼントで、駅伝優勝の夜に贈られるはずのものだった。柚子を喜ばせるために隠した缶を、病床で「見つかったか?」と問い続ける久雄に、柚子は「見つからない」と答え続けた。いつか元気になって、自分の手で渡してくれると信じて……。
缶の中身は、貧しい頃に買えなかった指輪だった。「ありがとう」と涙する柚子を見て、武は「出てきて、バアちゃんに答えてあげてよ」とゆずの木に呼びかける。しかし、答えはない。それでも、柚子には久雄の思いが通じていた。「おとうさん」と彼女が呼びかけると、久雄が答えているかのように、頭上でゆずの葉がさわさわと揺れはじめる。
ゆずの葉を揺らし、空高く吹き上がる風を、柚子と武は見送っていた。